「清流」  80×40p 2004年 〈上富良野町〉

 幻の鯉は曇りの日に現れる、上流の谷間にいくつかの温泉宿がある、この幅二間ほど谷川は、真冬でも凍らない。そればかりか、青々とした水苔が水中の川石に付いていて、勢いのあるものは水面にも顔を出している。あたり一面が雪で白くなり、ある色といえば落葉樹の枯れた幹の色と、ほとんど黒に見える針葉樹の冬眠した緑の中では、この水苔の若い緑と清らかな流れは、眩しい程の生命感がある。

 師走に入って程なく始め、猫柳の芽のふくらむ今まで、清流から顔を出す三つの石と、その間を流れる水を描き続けている。

 このモチーフでの毎朝の日課はまず、川に入る長靴を履いて水の中に入り、三つの石に積った雪を洗い流し、石肌が見える様にする。ここの水温は数度あるのだろう、雪はたやすく溶ける。それが終ると岸で描き始めるが、数十分もすると足が冷たくて集中できない。車に戻り防寒用の長靴に履き替えてまた描く。

 筆を走らせていると、流れを見詰める視界の左端ぎりぎりの所に、赤銅色の一尺を越える鯉が泳いでいるような錯覚がする。そちらに視線を合わせると、落葉の上に水の波紋が見えるだけだが、描き始めるとまた現れる。私が調子良く描いている時は、鯉も上機嫌で私の視点の外側の小さな滝を上ったり、淵でゆったりと体をくねらせ泳いだりする。